オタクは世界を救えない

『竜とそばかすの姫』ネタバレ感想、脚本の違和感についての話をする

竜とそばかすの姫 (角川文庫)

 一応は賛否両論? という形で評価が落ち着きそうな今作。賛のほとんどは映像・音楽面、否のほとんどは脚本面という綺麗な明暗っぷり。ちなみにストーリーを重視する自分は否よりのオタクです。

 今回は総評とかかったるいことは抜きにして、率直に『竜とそばかすの姫』の脚本に感じた違和感について羅列していきたいと思います。

アバターにもそばかすが付いている理由について

 まずこれが一番最初の疑問点。体面上の理由は「Uのアバターは現実を反映させたものだから」なのだけど、わざわざ仮想空間の中でまで主人公の身体的コンプレックスのようなものであるそばかすを付けさせる理由はなんなのか

 主人公は現実で歌えなくなって、代わりに仮想空間「U」の中で歌姫になった。ここでの「U」は現実で叶えられなかったことを叶えることができる「もう一つの人生」であり、現実とは切り離された存在なのだと俺は当初解釈していた。

 しかし、現実だと冴えない陰キャ女子高生である主人公が仮想空間では人気者、という比較がコンセプトの一つであるわりに、意外と現実と仮想空間の差異はない。「U」のアバターとSNSをリンクさせている人が多いことから見ても、作中ではむしろ「U」は現実の延長のような感じさえする。そんな中で、現実の主人公と同じ身体的特徴を持つアバターが人気者になったら、むしろ現実の主人公ももっと調子に乗っていいはずなのでは? とも思う。この辺の仮想空間の意味合いみたいなのがいまいちよくわからなかった。単純に仮想空間=理想郷という描写でないのは確かだけど、かといって仮想空間を現実と並列に語るほどの話でもなかったと思うし、なんだかパッとしない印象。

あなたは誰? というセリフについて

 主人公から竜にたびたび向けられる「あなたは誰?」というセリフ。これがどういう意図で発せられたのか、俺にはよくわからなかった。

 理由はいくつかあるけどまず一つは、なぜ主人公が竜に対してそんな興味を抱くのか、という点。
 関係性としてはいきなり自分のライブをめちゃくちゃにした人物、というだけで他の接点はない。ヒロちゃんみたいに怒るのが自然だと思うし、あのシーンで竜に目を奪われて「あなたは誰?」となるのはだいぶ不自然に感じる。
 一応、ネット上で叩かれてる姿に過去の母親のそれとかを重ね合わせて同情を感じたのかもしれないけど、理由があるならとりあえずわかるようにしてほしい。
 それになにより、現実の正体を隠している主人公自身が竜に対して真っ先に正体を聞こうとするのもなんか違う気がする。
 現状あのシーンを見ても、主人公の気持ちの動き方はストーリーの都合のように思えてならない。

どうしてみんなは現実の正体を知りたがるのか

 これは主人公が竜に正体に興味を抱くのと同じでちょっと疑問なのだけど、なぜあの世界の人物は仮想空間上の問題なのに、現実の正体を暴こうとするのか。そしてなぜ現実の正体を暴くこと自体が罰になると思っているのか、がよくわからない。

 それこそ完全に「U」と現実が切り離されてるんなら、現実の人物像を暴いてやることが罰になるかもしれないけど、普通にアバターと現実をリンクさせてる人が山ほどいる以上、それが脅威として扱われるのは少しちぐはぐ感を覚える。

 それに、人々がその正体を暴いた後にどうするか? について何も語っていないのも怖い。主人公は竜の正体を知ってどうするつもりだったのか? 実際に会いに行ってお茶でもしたかったのか? 人々は竜の正体を知ってどうするのか? リアルリンチにでも持ち込むつもりだったのか?
 ただ「U」内での問題を解決するだけなら、「U」の中で竜と仲良くなったり竜を排除したりすればいい。どうして最初に出てくるアプローチが「竜の正体を突き止めてやる!」なのかがよくわからない。竜の正体が重要になるストーリーだからなんだろうなあ、と考えながら俺は映画を見ていたけれども。

美女と野獣について

 美女と野獣をオマージュしたという話が出ている今作品。なるほど、思った以上に絵面は似せているな、という印象だった。

 ただこの点で気になるのは、美女と野獣の場合は「そのまんまの美女」と「醜い姿の野獣」であるのに対して、今作は「正体を隠したそばかす姫」と「正体を隠した竜」であるという点。どちらにも後ろめたさがある時点で美女と野獣っていう対比になってなくないかと思う。

 それからあれって、野獣が人間的な優しさを身に着けた結果、人間を見た目だけで判断するのはよくない! ってなる教訓的なテーマの話だと思うんだけど、それをやるにしては主人公が最初から竜に対し好感を抱いてるのがおかしいと思う。だって自分のライブをぶっ壊して世界中から批判されてる奴の城に、単身で乗り込むぐらいには前のめりな興味を抱いてるからね。
 そんなわけなので、今作のテーマ的にはそういう「醜い容姿を~」みたいなのはあまり感じなかった。むしろ正体を隠してるのがよくないみたいな話で、主人公は最初から容姿云々とかは意識してないように見える。

 それでこれは上に書いた仮想空間と現実の差異がよくわからないという話にも通じるんだけど、結局この仮想空間と現実、美女と野獣をどう繋げたかったのかがよくわからないんですよね。美しいものと醜いものの対比をしつつだけど重要なのは中身だよって話が美女と野獣だとして、じゃあ現実をほとんどそのまま引っ張ってきてるけど主人公と竜だけ正体が隠れてる仮想空間「U」はどういう対比とかテーマに役立っているのかっていうのが、よくわからない。結局お城のダンスシーンを描きたかっただけじゃないの? ってなる。

 あと、そもそも野獣サイドの描写が薄すぎる、とも思う。主人公とちょっと踊って、あとは最後らへんで主人公たちに正体が見つかって、事件解決。竜、正体が隠れている以外に野獣要素ない気がする。別に内面的成長があったりするわけじゃないし。テーマ的な部分が主人公に寄りすぎてて竜は主人公の変化を見せるための舞台装置に成り下がっていたような感じがある。

なぜライブで人々は涙したのか?

 終盤でのベルのライブ、めちゃくちゃに絵面が強くてTHE映画って感じだった。すごく感動できる雰囲気に作れていたと思う。このクオリティは素直にすごいと思った。

 ただこれ、よく考えてほしい。このときの観客はただ単に久しぶりにベルのライブを見たというだけで涙しているということを。だって彼らは主人公たちが竜を探しているという事実を知らないのだ。ベルが自分からアンベイルされた理由も謎のまま。そもそも竜がこのライブの原因ということも知らない。
 人気のアバターが素顔を晒して歌っているというだけの理由で彼らは涙しているので、なぜそうなったのかとかその経緯とかは一切知らない。すなわちこの観客たちは完全にただのライブ感で涙しているに過ぎない
 ベルの前に歌姫枠だった女がすごい涙しながら応援しているけど、彼女も自分の座を奪った女が顔面丸出しで歌ってるのを見て「普通の女だ……!」ってなって涙している。気持ちはわかる。曲も映像もすごくよかった。でもあそこで泣いてる観客はライブ感に騙されているだけなんじゃないかって俺は思う。なんか途中から謎の光の玉を出してるのも原理が意味不明だし。
 あそこでなんの背景も知らない人々が、完璧にライブの演出意図を理解して光の玉を出し、誰一人として批判意見みたいなのを言わずに涙を流して一致団結感を出しているの、冷静に考えるとかなり奇妙な光景じゃないですか?

現実世界と仮想空間の話の繋がりについて

 仮想空間では、竜とそばかす姫が出会って仲良くなって。でも悪い人に追われて……というストーリーが展開する。
 でもその合間に挟まれる現実世界での青春劇には、果たしてどんな意味合いがあったのか。忍くんを巡る炎上事件があったり、ルカちゃんの想い人が意外な人だったり、そういうのとかがストーリー上どういう役割を果たしてたのかがよくわからない。全然「U」の出来事と現実の出来事がリンクしてないし、それによって主人公に影響を与えたりとかも特にないんだよな。
 現実がヤバすぎて主人公が「U」に逃げてるとかそういうわかりやすいストーリーがあったらよかったんだけど、現実でわちゃわちゃやってるのを見ると別に「U」がなくても主人公はやっていけるんじゃないかって感じもする。歌が歌えなくても忍くんと付き合っちゃえばそれで終わりじゃね……っていう。

終盤の唐突な虐待展開について

 中盤から意味ありげな動画で「我が家は笑顔の絶えないアットホームな職場です!」みたいに言ってるお父さんが出てきたからあの黒髪の子が(色合い的にも)竜だろうなというのはわかった。けど捻りがない上にちゃんとクローズアップされるのが終盤も終盤なので、なんか話の中核に据えるには存在感がなさすぎたと思う

 一応全然関係ない人を救うというのがテーマなのかもしれないけど、主人公が全然関係ない人を救うストーリーはあんまり面白くないと思うんだよな……

 それから、竜の正体についてはある程度他にも予測はできた。忍くんとか、母親が昔救った子供とか、その辺をミスリードしつつ……とかだったらワンチャンもっと色々できたかもしれないけど、結局上手い調理もせずにただ不幸な男の子を出してきただけっていうのはかなりの肩透かし感がある。

なぜか主人公を一人で東京に向かわせる大人たち

 いや着いてけばよくね?

 別に人数制限があるわけでもなし。みんなで見送りしながら応援してるふうを装ってるけど普通にくっついていってみんなで解決すればいいんじゃない?
 主人公一人で行動させないと最後のシーンが作れないからそうさせたとしか思えないレベルの雑な脚本で、もはや簡単な理由付けすらしていないのがいっそ清々しい。

キャラクターについて

すず

 思うのだけど、母親が死んでしまったトラウマで歌えなくなったことと、「U」の世界なら歌えることってどういう関連性があるんですかね
 「U」で歌えるのは、現実の自分に自信がないから。でも現実の自分に自信がないのと母親が死んだことにはどういう関連性があるのかよくわからない。悲しい事件をトラウマとして作りたかったんだろうけど、そのトラウマが仮想空間を介することで解決されるとは思えないのでなんか設定ちぐはぐってるなあとは思った。

 あと一番気になったのは、カミシンと主人公が仲良いこと。陰キャJKが変人扱いとはいえ運動部の陽キャとワイワイ話したり明るく「応援してる!」とか言うのはちょっと不自然。変人同士で気が合ったのかもしれないけど、ちょっと主人公のイメージとかけ離れた交友関係だったので違和感しか感じなかった。

ヒロちゃん

 親友ポジ。主人公の代わりに序盤の牽引役になってたとは思う。ただその反面、自分で話を動かせない主人公のために憎まれ役を買って出る舞台装置になってた感は否めない。特に最初に竜の正体探しをするところとか。その割に竜のお城には行かないところとか。
 あと終盤で主人公を後押しする忍くんに対して拒否反応を示すのもどうかと思った。そこで背中押すポジを譲ったら親友の面目潰れてない?

忍くん

 お母さんポジとかいう謎の役割を担った男。正直言って主人公が普通に好意を抱いているのに、勝手に頼まれてもいない母親役を買って出るのは理解が難しかった。どうして恋人として寄り添ってやるんじゃ駄目なんですか?
 ストーリー的にも重要そうな立ち位置にいたのに、お母さんだから基本的に本編にあまり関わらず、終盤で鶴の一声により主人公の顔面を全世界に曝け出すポジの男になる。見守ってるといえば聞こえはいいけど、ぶっちゃけもったいぶってるだけの影が薄い男って感じだった。

カミシン&ルカちゃん

 勝手にカップル成立ペア。カミシンはルカちゃんの竿役として以外の活躍がマジでなかったように思う。

 ルカちゃんは主人公の憧れみたいな立場で、コンプレックスを刺激してくる存在かと思ったらただの良い奴であんまりストーリー的に必要とは思えない。というか主人公とLINEするぐらい仲良いのもよくわからない。

 途中で主人公が忍くんとの交際疑惑で炎上したりして、そのときにルカちゃんが黒幕として出てくるのかと思ったらそうでもない。そもそもあの炎上イベはなんだったのか。演出もサムかったし、結局その後の展開にも関わってこないし、この辺まとめてなんかよくわからん。

おばさん×5

 この年になっても幸せとはなんなのかわからない戸惑える熟女たち。

 あの辺の「幸せってなにかしら?」みたいな一連のセリフが本当に耐えられないぐらいにサムかったのでよく覚えている。唐突な幸せ談義。取って付けたように全員「幸せってなに?」と首を傾げる様は細田守から俺たちに対して幸せとは何かを考えるようにとのメッセージとして受け取ったけど、ストーリー的に何の意味があったかは不明。今作って幸せをテーマにした話だったんだっけ……?

父親

 見守ってる役その2。カツオを叩くことを生業としており、臭いポエムを娘に送るのが趣味。メッセージ送っただけで子育てした気になってるのが最高によくわからなかった。いや別に見守ってるだけで何もしないのは百歩譲っても良しとしたいけど、終盤送ってきたメッセージは長すぎてさすがに臭かった。細田守の家族観を作品に出したい欲が悪い方に出てるなと思った。

恵&知

 竜&クリオネ。終盤ようやくまともに喋り始めるので、バックグラウンドとしてはただの虐待されてる子供たちってだけ。さすがに描写が薄すぎて感情移入しずらい。まあそういう全然関係ない子供を救うってのが母親の死と重ね合わせたテーマなんだろうけど、如何せんストーリー的には大して思い入れもない子供を助けに行く流れは地味。

 助ける助ける助ける……の連呼の流れも正直イタかった。ああいう同じ単語を連呼する系で恐怖を誘う台詞みたいなのってもう見飽きててちょっと辛くないですか? 中二病の頃にそういうポエムを書いた俺からすると、まあ恵くんもそれぐらいの年齢だし仕方ないかなとは思うけれど。

虐待お父さん

 拳を振り上げフンガー!×2回をやったときすごい面白かった。一応は実際に暴力を振るってるシーンがないので、精神攻撃特化のお父さんだったから手は出せなかった、と解釈した。

 ただこのお父さんが主人公を殴れないのも、なんか主人公が覇気で相手を怯ませたぐらいのご都合的なあれに見えてしまうので、もうちょっとかっこよく描写できなかったのかなって思う。リアリティ的な意味で言ったらあそこは三人まとめてボコボコにされてもおかしくないところなんじゃないですかね。覇気で怯んだお父さんが怯えて逃げていくところとか、スカッとジャパンを思いだしてしまってなんだかなぁと思った。

まとめ

 とにかく俺が言いたいのは、仮想空間と現実の対比というか話の繋げ方がよくわからなくて、いまいちぶつ切り的なストーリーになってたなあというのと、ストーリーを進めるためにキャラがご都合的な動き方をすることがすごく多かったなあということです。

 でも前作である未来のミライはそもそもストーリー自体が存在しないレベルで批判の嵐だったので、それに比べたら百億倍ぐらいはマシだったと思います。ライブ感で見ればそれなりに悪くない作品なんじゃないでしょうか。