オタクは世界を救えない

『鹿の王』感想、いまいち掴み所がなかったかなと思いますね

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  『もののけ姫』等のアニメーターを務めた安藤雅司の監督デビュー作ということで宣伝される今作『鹿の王』。原作は本屋大賞を受賞した長編小説で前評判的には質アニメとしてわりと期待されてるっぽかったこれを見てきたので、話をしてみたいと思う。

概要

 まずシンプルな感想を言うと、雰囲気は良かったけど特別面白かったってほどではない。キャラの内面的なやつとか行間を読むタイプのアニメなんだろうけど、それをするにしても深みが足りなくて結局は薄味なだけの作品になってる感じは否めなかった。

 敵対する二つの国と正体不明な疫病、疫病への免疫を持った主人公ヴァン、その主人公が拾ったみなしごの少女ユナ、という話なのだけど、主人公が戦争とか疫病とか関係なくユナを追っかけてるだけなのが一番お話を中途半端にさせた原因だと思う。

 また原作は上下巻の長編小説らしいので、単純に尺が足りてなくて映画に出せなかった原作の部分はあると思う。ただその割にはユナが攫われるまで村でワイワイしてるパートがやたら長かったり、山中を旅してる間に大したイベントが起きなかったりと、とにかく平坦な話が続く。二時間に収めるため駆け足になるどころか、むしろテンポが遅くなってるように感じた。

主人公の目的について

 主人公であるヴァンは最初めちゃくちゃに無口だけど、ユナと一緒に過ごすようになってからはデレデレの子煩悩になって最終的にはユナ助けるマシーンと化す。たぶんヴァンがユナに入れ込むための描写をじっくりやりたいから村で和気藹々としてるパートに長めの尺が取られたのかもしれないし、実際この二人の関係性が話のメインテーマなのは間違いない。

 鹿の王の話をしていたら途中で犬の王が出てきてお?ってなったけど、話的にはヴァンが犬の王になるかどうかの選択をした上で「俺は鹿の王だウオォー!」ってなるのが盛り上がりどころ。ただ鹿の王ってフレーズ自体が一回ぐらいしか出てきてないのでなんかわかりにくいなと思った。
 鹿の王としての説明は序盤にされていて、「群れが敵に襲われてるとき一人で囮を買って出て群れのために敵を引きつけて逃げる一匹」のことを鹿の王と呼ぶらしい。が、ヴァンはそれに対して「その一匹は足が速かったからその役回りが回ってきただけじゃないか?」と懐疑的。たまたま何度も生き残っただけの自分に重ね合わせてるのかもしれない。
 で、そのヴァンが後に犬の王としての才能があることが発覚し、一族のために戦う役回りがあることを知らされる。犬の王の力は本気になれば敵国と対等以上にやり合えるほどのパワータイプ。しかしそれを望まなかったヴァンはあくまでも大切な人(=ユナ)を守るために、鹿の王となって戦いの元凶(疫病の脅威)をみんなの前から退けて戦争を終わらせた、という話の本筋だと俺は解釈してる。

 ただここで引っ掛かるのが、そもそもヴァンが二国の戦争に対してあんまり関心がなさそうということ。元は赤い方の武将的な立場だったらしいから関係はあるんだろうけど、本人がまったく喋らないがためにその辺どう思ってるのかはまったくわからない。そのせいで葛藤的なものが感じられず、ヴァンからしたらユナさえ助けられればいいんだし犬とか鹿の王になるメリット皆無じゃね?と言わずにはいられない。終盤で犬モードになったユナが戦場に行っちゃったからわちゃわちゃしだしたけど、あれがなければユナを連れ帰って終わりに見える。なんだったらあの犬モードになった原因もよくわからんし、ご都合的な闇落ちみたいでちょっと萎える。

 結局のところ、あらすじにも書いてある対立する二国と疫病の話に主人公があんまり関係しておらず、なんか勝手に巻き込まれてるだけって感じなのがよくない。なんだったら最後の決戦シーンも赤いのとか青いのとかの戦いは関係なく闇落ちユナVSヴァンでやってるだけなのもしっくりこない。あとヴァンが鹿の王になった後で二国の関係が穏やかになってる感じのエピローグなのも気に食わない。疫病がなくなったら赤い方が弱くなるだけで平和になるかどうかとは関係ないのでは。

その他のキャラクターについて

 お医者さんホッサルの話。正直こいつ関連の話が一番面白くて、呪いみたいな扱いをされていた疫病の現実的な治療法を探す話とか、実際それが土地の風習とかに関連してて終盤に解決するやつとか、これが一番エンタメ的な展開してたと思う。良いとこ育ちのお医者さんがいくら書物を読み解いてもわからなかった問題について、現地に出て行って山旅とかで苦労しつつ古い風習に触れて治療法を発見するのも熱い。

 後追い人サエの話。序盤は強キャラ感あったけど子煩悩のヴァンに感情移入して寝返った良い奴。良い奴だけど、こいつが良い奴すぎたせいで赤い国からの追跡っていう障害がほぼなくなって中盤がただの凸凹三人組の仲良し旅になってたのはどうかと思う。

 犬の王オーファンの話。戦闘狂みたいな見た目と良い奴なんだか悪い奴なんだかわからない喋り方。まあ国を想う気合が強すぎるだけで悪い奴ではないと思う。赤いおじいちゃんといい、この辺の国のために疫病を利用してる勢がもっと主人公に上手く絡んだりなんだったら主人公もそれ系の思想を持っていたら、ストーリー的な葛藤がもっと生まれてたりしたかもしれない。

 青い国の弟の方ことヨタルの話。なんか切れ者っぽい雰囲気を醸し出してたけど特になにもせず終わった人。基本的に青い方は疫病さえどうにかすれば戦争にはボロ勝ちできるって状態で、基本的に疫病対策はホッサルに任せっきりだったので他の人は特にすることないよねって感じだった。青い方ももっとミツァルでぼこぼこ人が死んでこいつらが困ってる描写とかあれば切迫した感があったかもね。

まとめ

 質アニメとしては質がそこまで高くなく、雰囲気寄りだったせいでわかりやすい盛り上がりも足りないといった難しい立ち位置のアニメだった。やっぱり二時間で収めるにしてはキャラの視点を増やしすぎた感があると思う。その中でも主人公が無口なので、一番重要なはずの主人公が一番薄いというのもあまりよくなかったと思う。